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奈良地方裁判所葛城支部 昭和43年(ワ)140号 判決 1973年4月16日

原告

更江稔治

右訴訟代理人

白井源喜

外一名

被告

高島太門

右訴訟代理人

本家重忠

主文

被告に対し別紙目録記載の土地につき農地法第五条による所有権移転の許可申請手続及び所有権移転登記手続を求める原告の請求は之を棄却する。

被告は原告に対し金二〇〇万円を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

此の判決は原告勝訴の部分に限り仮に之を執行することができる。

事実及び理由

一、当事者双方の申立

(一)  原告は「被告は別紙目録記載の土地(以下「本件土地」という)<略>につき、奈良県知事に対し農地法第五条による原告への所有権移転許可申請手続をなし、その許可を得て原告に対し所有権移転登記手続をせよ。右移転登記手続ができないときは、被告は原告に対し金二〇〇万円を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求めた。

(二)  被告は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。

二、当事者間に争いのない事実

(一)  本件土地は被告の所有に属するところ、原告は昭和三八年三月頃三回に亘つて現地を調査した上、同年四月七日被告の代理人岸本久夫との間に右土地を代金は一坪当り金八、〇〇〇円、合計金一二〇万円として原告が買受け、被告に於て之を宅地に造成して奈良県知事から農地法第五条所定の所有権移転の許可を得た上、原告に対してその所有権移転登記をするとの売買契約(以下「本件契約」という)を締結し、即日被告に対し手附金として金二〇万円を支払つた。

(二)  ところで、本件土地は田であつて南方の道路から離れている為、之に土砂を搬入して宅地造成をするには本件土地と右道路との間に存する土地に道路を設置しなくてはならないのであるが、その土地所有者辻藤三郎が之を承諾しないので、現在に至る迄道路を設置することができず、従つて本件土地の宅地化はなされていない。

(三)  被告は昭和四三年八月二二日付書面で原告に対し本件契約の解除を通知し、同月二三日手附金の倍戻しとして金四〇万円を奈良地方法務局葛城支局に供託した。

三、原告の主張

(一)  被告のなした右契約解除は無効である。即ち、(イ)原告は本件土地の所有権移転登記が遅れ土地の値上りがあつては困るので、残代金を準備して被告に対しその旨を告げ本件土地の宅地化と登記とを何回も請求していたのであるから、原告は既に本件契約の履行に着手していたのである。(ロ)又、被告は辻藤三郎がその所有地に道路を設置することを承諾していないのに、承諾があつたものとして道路を設置することを条件とした奈良県知事の農地法第五条による許可を得ていたのであるから、被告が之を転売するには買主たる原告に対し右承諾がない為本件土地の宅地化が可能かどうか判らないことを告知するか、辻藤三郎に右承諾をするか否かを確かめるべきであつたのに、之を怠つたのである。そして原告は昭和三八年一〇月に定年に達する為、本件土地上に住宅を建築して従来の借家からここに移住することとして本件土地を買受けたのであつて、そもそも宅地化が不可能であるならば本件土地を買受ける筈もなかつた。しかしその後本件土地の宅地化が不可能であることを知つたので、原告は昭和四三年四月頃他人を介して被告と交渉し、契約締結後四、五年も経つているから金一五〇万円の支払を受ければ本件契約を解約してもよい旨申入れたところ、被告は同年八月に至つて前記解除の通知をしたのである。その間、地価は暴騰して、原告が他に本件土地に代る土地を求めることは著しく困難になつていた。之等の事情に照すと被告の前記解除は信義則に違反するものというべきである。従つて、いずれにせよ被告の解除は無効であ。

(二)  本件土地を宅地化することができないのは、被告が辻藤三郎からその所有地に道路を設置することの承諾を得ることができない為であつて、これは被告の責に基づく本件契約の履行不能であるから、原告は昭和四六年六月三〇日被告に到達した同日付請求の趣旨変更申立書によつて本件契約を解除したのであるが、本件土地の時価は金八〇〇万円になつているので、被告は原告に対する契約締結上の過失による信頼利益の賠償として少くともその内金二〇〇万円の支払義務がある。

四、被告の主張

(一)  本件土地を宅地化する為の道路の設置は、前記辻藤三郎が当初之を承諾しながら、その約束を履行しなかつたことにより不可能となつたのであつて、被告の代理人岸本久夫は原告に右事情を説明した上、同人所有の土地を代替地として提供する旨申入れたが、原告が之に応じなかつたので、被告は巳むなく手附金の倍戻しをして本件契約を解除したのである。

(二)  本件土地所有権移転の時期については、本件土地を宅地化しなければならなかつた関係から明確に定められてはおらず、被告が右解除をなすに至る迄の間原告が被告に右登記手続を求めたことはなかつたし、原告が代金債務の履行に着手したこともないのであるから、被告の為した右解除は有効である。

(三)  原告の主張事実はすべて之を争う。

五、証拠関係<略>

六、争点に対する判断

先ず、原告は本件契約が昭和四六年六月三〇日原告の為した解除によつて終了したと主張するものであるから、被告に対し右契約に基き本件土地につき農地法第五条による所有権移転許可申請手続及び所有権移転登記申請手続を求める原告の請求は右主張と相矛盾するものとして排斥を免れない。

次に、本件契約締結に際しては原被告間に手附金二〇万円が授受されており、特段の事情の認められない本件にあつては右手附は民法第五五七条第一項所定のいわゆる解約手附と考えられるところ、原告は、被告が原告に対し昭和四三年八月二二日付書面で為した本件契約解除の意思表示及び同月二三日為した右手附金の倍額金四〇万円の弁済供託は(イ)原告が本件契約の履行に着手した後に為されたものであり且つ(ロ)信義則に違反するものであるから無効であると主張するので、此の点について判断するに、右契約解除は本件契約締結後五年余を経た後に為されたものであつて、<証拠>を綜合すると、原告は本件契約締結の当時三栄相互銀行桜井支店に妻名義で金一、二九六、二二七円の預金を有し、既に残代金一〇〇万円を支払う用意ができていたが、被告の側に於て約旨に従つて本件土地の宅地造成をすることができないまま日時が経過した為、昭和四〇年頃から原告自身或いは牧村こと松原秀光を介して被告の代理人岸本久夫及びその代理人吉村某に対し再三に亘り右宅地造成を行つて本件土地の所有権移転登記手続をするよう督促したことが認められ、この認定を左右すべき証拠はない。そして、本件契約には被告の右宅地造成及び所有権移転登記手続をなすべき義務の履行期について特別の定めはないけれども、宅地造成の如くその履行に期間を要するものであつても、契約締結後相当期間を経過した後は買主は何時でもその履行を請求し得るものと解すべきであつて、前認定の事実からすれば、原告の督促によつて被告の右義務はその履行期が到来したものであり、原告に於ては既に本件契約履行に着手していたものと認めるのが相当である。従つて、之によつて被告が解約手附授受の効果として有していた本件契約の解除権は消滅したものと考えられるから、その後になした被告の前記契約解除は之を無効とする外はない。

ところで、原告は被告の責に帰すべき事由に基いて履行不能に陥つたとして、昭和四六年六月三〇日被告に到達した同日付請求の趣旨変更申立書によつて本件契約を解除したと主張し、原告が右解除の意思表示を為したことは訴訟上明らかである。本件契約の如く目的地を売主が宅地に造成した上で買主に所有権の移転を為すべき義務を負う場合には、売主は、目的地が道路に直面していないならば、目的地から道路に至る土地の所有者からその使用につき許諾を得て目的地に土砂を搬入して之を宅地に造成すべきことは当然と考えられるところ、<証拠>を綜合すると、本件土地は道路に接する部分がなく、四方を他人の所有地で囲まれている為、被告の代理人岸本久夫は、本件土地所在地の部落の総代及び土地所有者等と話合つてその東側の土地に道路を設置して本件土地に土砂を搬入する計画であつたが、右土地所有者間の感情のもつれから、道路を設置しようとしていた土地上に他人の家屋が建築されて、右計画が実行不可能となつたに拘らず、本件土地の南方の道路との中間に橿原市右原田町字京地三四七番の田地を有する辻藤三郎に対してその使用許諾を求めることもなく漫然と日時を経過し、現在に於ては右辻藤三郎もその所有地に道路を設置することを拒否しており、将来同人からその許諾を得ることを期待することもできず、他に道路を求めることもできない状態であつて、本件土地に土砂を搬入することは不可能になつていることが認められる。乙第一号証(承諾書)には辻藤三郎名義で同人の右所有地の一部を本件土地に至る道路の敷地として被告に賃貸することを承諾する旨の記載があるが、右証人辻藤三郎の証言によると、右書面は同人不知の間に何者かによつて偽造されたものであり、他に右認定を左右するに足る証拠はない。そして、右認定事実によると、本件契約に基づく被告の前記債務はその責に帰すべき事由によつて履行不能に陥つたものと認められるから、本件契約は原告の為した前記契約解除の意思表示によつて終了したものというべきである。

そこで、原告の損害賠償請求の当否を検討するに原告は契約締結上の過失に基く信頼利益の賠償であると主張するけれども、その基礎として主張する事実は履行不能による填補賠償の請求に外ならず、右は法的性質に関する問題であつて、裁判所は当事者の主張に拘束されないから、之を填補賠償の請求として判断する。さて前記の如き債務が履行不能に陥つた場合に債権者の請求し得る損害賠償の額は原則として不能に陥つた時の目的物の時価であるが、目的物の価格が騰貴しつつあり且つ債務者が之を知つていたか又は知り得た場合には、債権者は騰貴した現在の時価により損害賠償を請求し得るものと解すべきである(最高裁判所昭和三七年一一月一六日判決・民集第一六巻二、二八〇頁参照)ところ、<証拠>によると、本件土地の時価は昭和四三年八月には金二二五万円、昭和四六年六月には金七五〇万円と騰貴していることが認められ、<証拠>よると、被告及びその代理人岸本久夫は本件契約締結の当時から一般に土地の時価が騰貴しつつあり、本件土地もその例外ではないことを知つていたものと認められ、この認定を左右すべき証拠はない。そして、本件土地の時価が本件口頭弁論終結時である昭和四七年一二月八日現在に於て少くとも金七五〇万円を下らないことは右事実から明らかであつて、被告に対しその内金二〇〇万円の賠償を求める原告の請求は理由があるから、之を正当として認容すべきである。

仍て、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条但書を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を、夫々適用して、主文の通り判決する。 (中川臣朗)

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